オランウータン

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オランウータン
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受賞歴
感謝賞(2018年4-6月期2020年7-9月期

オランウータン(1999年 - )は、Wikipedia日本語版の元利用者。殆ど人語を発する事はなかったが、削除依頼に出されたサブスタブへの加筆による救済活動を通して、多くの記事を守ってきた。実数は全く不明であるが、その活動について一定のファンがいる模様である。

概要[編集 | ソースを編集]

2011年アカウント作成。翌年春より本格的に活動を開始。活動当初はれっきとした人間であったが、何故か類人猿に退化する。全編集のうち、95%近くを標準(記事)名前空間が占めると言う執筆専念派。現在作成した記事はなんだかんだ合わせても78程度で、目立つような数ではないがそちらもしっかり。英語・スペイン語の翻訳もこなす。毎年エイプリルフールにはデマについての記事もつくっている(「サンセリフ (架空の国)」(2018年)、「万里の長城解体報道」(2017年、珍項目)、「忘れられた記念日」(2015年))。万里の長城解体報道では初版の要約欄が「捏造記事」であったことから、愛されて100年コストパフォーマンス抜群によってTemplate:Usoが貼付けられている。また、サンセリフ (架空の国)でも初版要約欄に「エイプリルフール記事」とあり、Chiba ryo利用者ページ / 会話 / 投稿記録に「エイプリルフール終了」としてsdを貼りつけられている。他にも記事初版の要約欄において「いたずら記事」(プル・マイ・フィンガー )、「いたずら投稿」(Kremvax)「いたずら」(ウェッジーZaltair 8800)と記入しているが、この手の要約欄が、中身を精査せずにテンプレ貼付けを行う自警をおちょくるためのものなのかは定かでない。その他の代表作に「パンティー狩り」など。「ファイル:ワイロ最中.JPG」という画像の投稿歴もある。

これだけならある意味ただの優良執筆者だが??、彼の彼たる所以は、削除依頼をよくウォッチしており、削除すべきでない記事がケースEで削除依頼に出された時に、ひっそり登場して無言で加筆だけして存続票を投じず風の様に去っていくそのクールさである。MediaWikiの若干頼りない検索でも、Wikipedia名前空間を「削除依頼 オランウータン」をキーワードとして検索すれば、オランウータン氏の加筆により…などと言うケースはたくさん出てくる。もちろん依頼の現場に名が出ないこともあり、実際にどれだけの記事を無思慮な削除依頼から救ったのかは容易には計上できない。削除依頼が出てから数日で大半の票をひっくり返せるだけの加筆を行うとは、どんな大規模図書館が近所にあるのだろう。或いはどれほどの蔵書があるのであろう。その即応性の元となるバイタリティはどこから。削除依頼提出から数時間後にG-Searchを使って加筆してきたこともあるらしい。かつてはTiyoringoと共同戦線を張って加筆することも多かった。ちなみにオランウータンにかぎらず、ikedat76HmanYassie伊佐坂安物など、削除依頼中の記事に加筆する習慣をもつ類人猿利用者はそれなりに存在する。詳しくは「削除依頼#削除自警と存続自警」を参照。削除依頼に出入りしている利用者・管理者・削除者等(削除自警・削除狂除く)は、恐らく彼に一目も二目もおかざるを得ないところである。記録に残る初投稿はWikipedia:削除依頼/ラリー・コルウェルへの存続票であり、「検証者側は「ラリー」に対して"Rally"や"Lally"といった考えにくいつづりをあてており、こうした推測に基づいて検索にかからないと主張したり、そういった主張を追認したりするのはいかがなものかと思います。[1]」と述べているあたり、削除自警が雑な削除依頼をすることに不快感を覚えているようだ。

一般的な認知度は低いと思われるが、Hmanやikedat76、Asturio Cantabrioなど他の多くの執筆者達にも尊敬されている様子が伺え[要出典][2]、管理者のPenn Station利用者ページ / 会話 / 投稿記録からも「茶目っ気のある方」だと面白がられている。

2017年後半から、特筆性理由の削除依頼が減って暇になったせいか、記事から内容を除去することが多いMuyoが除去した不祥事を出典付けて復帰していることもときどきある(横浜美術大学とか)。

2018年4-6月期には4票を集め感謝賞を受賞した。その後2018年8月8日より活動が途絶えていたが、10月15日に自身の利用者ページ編集により体調不良のためデスクワークが困難になっていることを明かした。11月24日の編集からしてどうやら道路交通の害を被ったようであるが、「うろこや総本店の現状を熱く語るなど奇行が目立ったため、jawpの利用を禁じられ日本語は再教育された。現時点でja-1の実力があるのかどうかは不明である」などとお茶目ことを発しているため、「心配するほどでもない」といった反応が見られた。

しかし、2020年4月12日を最後に編集活動が見られなくなり、約4ヶ月が経過した同年8月11日、「COVID-19の影響で彼への資料の読み聞かせや資料入手が困難になった」および「ワシントン条約違反の恐れ」という理由で、「投稿を指導した人物」という名義により、今後当アカウントでの編集がおこなわれない旨が利用者ページに書き込まれた(なお投稿したアカウントはオランウータン本人のものである)。オランウータンは著作権の主体になり得ないので、アカウントから投稿した内容はパブリックドメイン扱いしてよいという但し書きも添えられている。

オランウータンにより削除が阻止された記事の一覧[編集 | ソースを編集]

特色のある中小企業や、橋梁の記事が多いようだ。グルメにも強い。見た感じまだまだあるようなので加筆歓迎。加筆は大なるものもあれば小なるものもあるが、原則としてこれらの調査および加筆は削除依頼提出からわずか数日の間に行われたものである。

2019年[編集 | ソースを編集]

2018年[編集 | ソースを編集]

2017年[編集 | ソースを編集]

2016年[編集 | ソースを編集]

2015年[編集 | ソースを編集]

2014年[編集 | ソースを編集]

2013年[編集 | ソースを編集]

2012年[編集 | ソースを編集]

  • リーディング証券
  • 岩崎孝子
  • 岩本哲夫
  • 全国優良石材店の会
  • 三重電子 - Tiyoringo利用者ページ / 会話 / 投稿記録と共同戦線を張って加筆。撃破。
  • 安養寺ラーメン
  • 小島剛
  • 興亜工業 - 依頼理由が「私の勤務先である興亜工業株式会社の総務部長から「上司の許可無く会社の情報をネット上に公開した。即刻削除せよ。」との指導があったため、当社として削除することが決まりました。」という訳がわからないものであり、さらにはIPによる「会社自身が立項拒否の意思を示せば尊重しなければならないため削除理由が成立します。」という訳のわからないアドバイスもあって議論は長期化したが、最終的に削除票は削除専業自警Isamit利用者ページ / 会話 / 投稿記録の一票のみとなり、存続。
  • 東亜紙巧業
  • 月刊アワーシティ
  • マイクロ精機 - オランウータンによる初の削除阻止。削除依頼の中で、Kansai explorer利用者ページ / 会話 / 投稿記録から「ケースE案件で加筆改善もしないで存続票を投ずるのは自粛すべきと考えます。加筆改善してこそ堂々と存続票を投ずることができるのでは。」という発言があり、さらにはその発言について「そんないいことを言うのになぜ小文字なんですか?大文字太字の赤文字でも構わないほど素晴らしいご意見だと思いますよ。」というRusty1234利用者ページ / 会話 / 投稿記録の追従意見もあった。何を根拠に言ってるのか[3]。一部の削除厨にとって削除が目的化している証左である。
  • 2010年コピアポ鉱山落盤事故への反応 - 英語版から転記され翻訳せずに放置されていた記事。少しずつ翻訳が進められたため存続となった。しかし、2018年6月の時点でも原文がそこら中に残っている。オランウータン氏はおよそ1月に1回ペースで翻訳を進めているようではある。ノートでは2014年にAsturio Cantabrioが原文のコメントアウトを提案している。
  • 丸善工業(曖昧さ回避) - 記事作成による削除阻止。

削除後にオランウータンによって再作成された記事の一覧[編集 | ソースを編集]

  • うらおもて - 2012年5月25日に一度削除された後、同日中にオランウータン氏により再作成。なお加筆の際の要約欄「念のため 削除された版に存在した記述の改変である第一文を書き直しておく。」は極めて珍しいオランウータン氏の肉声として特筆すべきものであろう。
  • やよい食堂 - 2012年5月25日に一度削除された後、5月26日にオランウータン氏により再作成。SDが貼られるが、当時の管理者Hmanによって却下。ここから両者の交流(一方的)が始まったと思われる。なお、ノートページにはオランウータン氏の貴重なコメント(署名は旧利用者名の「高木です」)が残されている[4]
  • たもかく
  • グーパー
  • ヒロ杉山
  • 上谷総合公園
  • 三村興業社 - 再作成後に削除依頼が再度提出されている。なお、二度目の削除依頼によると、元の削除された記事は四葉亭四迷利用者ページ / 会話 / 投稿記録が執筆しており、四葉亭四迷が保存していた削除前のキャッシュとオランウータンが執筆した現行記事の初版を比べると、とーっても似ているのだが、四葉亭四迷も気にしていないようなので(少なくとも表面上は)、気にしないでおこう。

削除阻止に失敗した記事の一覧[編集 | ソースを編集]

2019年[編集 | ソースを編集]

2018年[編集 | ソースを編集]

2017年[編集 | ソースを編集]

2016年[編集 | ソースを編集]

2015年[編集 | ソースを編集]

脚注[編集 | ソースを編集]

  1. Wikipedia:削除依頼/ラリー・コルウェル
  2. Hmanなどは彼の会話ページに乱入してその活動を大絶賛するほどだが、当のオランウータンは華麗にスルーしている。
  3. 少なくともそんなことは方針文書には記されていない。つまり「俺ルール」である。
  4. ノート:やよい食堂#残件