Miraburu

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Miraburuみらぶる
旧利用者名
副アカウント
  • 未蘭巴西利用者ページ / 会話 / 投稿記録
  • MirasBot利用者ページ / 会話 / 投稿記録
  • kisuke77利用者ページ / 会話 / 投稿記録(sockpuppet)
  • 愛称・別称 ミラブル、ミラブラ
    出身 富山県
    在住地 富山県
    トリップ ◆AAOlqSd7ic
    ◆cj95/MNHvA(廃止)
    ◆Rpf9yFv93s(廃止)
    Twitter Miraburu81
    活動期間 2015年5月5日 - 活動中
    主な活動実績
    • ikedat76、Hyolee2、千代田区KDDI可変IPらへの投稿ブロック依頼の提出
    • Bletillaへの解任動議の提出
    • 複数の主要なガイドラインの重要改訂
    ブロック歴
  • 2023年9月16日(無期限、Wikipedia:投稿ブロック依頼/Miraburu 20230908

  • Miraburu(みらぶる)は、2015年5月から活動していた、富山県在住[2]のウィキペディア利用者。無期限ブロック済み。旧利用者名は「ミランブラジル」。編集者としての活動分野は海外サッカー、心理学、K-POP、漫画・アニメ作品、東アジア史などが中心と見られる。活動範囲外を含む標準空間ページ(=記事)の品質の評定・他参加者の活動内容の評定への参加の割合が大きい、いわゆる自警に分類される参加者の一人といえる。

    活動当初は海外サッカー分野における泡沫利用者であったが、大量の無断改名の強行などの多数の不適切編集の追及を受けて分野から撤退、その後は自警と化し2016年12月のikedat76への投稿ブロック依頼を機に知名度を高める。2018年に利用者名を現在の「Miraburu」に変更、同年から翌年に掛けて3度の管理者立候補を行うも、いずれも落選した。2020年以降にはいくつかの主要なプロジェクト関連文書の重要改訂にも関与するなどしたものの、2023年にはLTA:HGTCHDPによるコメント依頼の提出を契機に暴走、同年9月に無期限ブロックが決定した。

    人物・言動[編集 | ソースを編集]

    旧利用者名は「ミランブラジル」。名前の由来はサッカーチームのACミランと国名のブラジルからのように思えるが、後に本人は2ch本スレにて否定している[3]。5ch本スレの方では現在でも、こちらの旧名の方を捩った「ミラブラ」「バカブラ」等の蔑称で呼ばれる事も多い。

    JAWP内での活動[編集 | ソースを編集]

    活動当初[編集 | ソースを編集]

    2015年5月5日にアカウントでの活動を開始。活動当初は海外サッカー選手の記事の作成・編集などを行っていたが、会話ページでは活動開始早々いきなり「非常に短い記事の作成はおやめください」との注意を受け、さらに対話拒否によりChiba ryoより警告を受けるなど、順調とは言えない滑り出しを見せる。

    その後も順調に警告を積み重ねていき、2016年1月には個人ブログからの転載案件も発生。挙げ句の果てには何を思ったのか、ブラジルのサッカー選手記事を中心に、自身の正式名称至上主義・原音至上主義に基づいた大量の無断改名を敢行するという異様な行動に走る。そしてOhtani tanyaや霧木諒二らをブチ切れさせるも、なおもプロジェクト‐ノート:サッカー選手/ブラジル人選手の名前#特殊マニュアルの草案にて後付けの合意形成を図るなど食い下がるが賛同する者は誰もおらず、ついにサッカー分野の大物執筆者・Athletaに厳しく追及され提案を撤回、半ば逆上気味にPJからの「離脱」を宣言して逃走する。

    なおこのアカウント登録の直前に活動を停止したユーザーとして、同じく海外サッカーの分野を中心に活動していた、2007年活動開始の古参自警・CHELSEA ROSEがいる。とはいえMiraburuの活動開始直後の上述の不適切編集の数々をして、これらが全て演技であったとは考えづらいところだろう。

    ダルメーターへの敗北[編集 | ソースを編集]

    この一件の後、寄る辺を無くした影響か、同年8月頃から削除依頼への出入りを皮切りに自警への転向が本格化する。その一方で英語版からの記事の翻訳のスキルを身に付ける一面もあり、サッカー選手[4]など最低限の水準の記事の作成もできるようになっている。

    9月、自身がかつて合意の上で改名したン・カルロス・サルガドの記事が、当時のボクシング界隈の問題児・ダルメーターにより「フン・カルロス・サルガド」に差し戻されていた事を知り、改名戦争に発展。ここで「日本のメディアでの表記を採用するのはWP:JPOV(日本中心にならないように)違反だ」という謎理論を展開して抵抗するも、「WP:JPOVは記事内容についてのルールであって、記事名についてのルールではない」という他参加者の冷静な指摘を受けると票を撤回する。

    しかしその後ダルメーターはさらに他の参加者の疑義を無視する形で改名の強行を企んだ結果、以前から提出されていた投稿ブロック依頼への賛成票が殺到し退場、最終的にはこの改名議論は「専門誌の間でも表記が分かれるため、どちらも同程度の採用率ならば原音に近いフアン表記を採用」という形で決着した。そしてダルメーターはこの後ブロック破りを繰り返してLTA化するのだが、この一件により「LTA:DARUに唯一敗北した利用者」という不名誉極まりない称号を得てしまったのがMiraburuである。

    また、この一件にて、同じく海外サッカーの分野を主戦場とし、ダルメーターと対立する利用者・ケディラ利用者ページ / 会話 / 投稿記録との同一人物疑惑が本スレでは浮上していた(本スレ1741版~1747版)。この際に本スレではMiraburu本人と思われるトリップ付きでの初の投稿が確認されており、ソックパペット疑惑を否定している[3]。後の2018年にこのケディラはさちお利用者ページ / 会話 / 投稿記録という複垢使いの靴下の一つであった事が判明するが、この一件にもMiraburuが追及側として参加している(Wikipedia:チェックユーザー依頼/ケディラ他)。アリバイ工作の可能性もあるが、真相は不明である。

    同月にはハリー・ポッターシリーズ関連の登場人物・作中用語の個別記事群に関して、「特筆性なし」として多数の統合を実施している。

    ikedat76への投稿ブロック依頼提出[編集 | ソースを編集]

    2016年10月にはHisagi頭痛といった古参の大物利用者の投稿ブロック依頼に出入りするなど、徐々に存在感を強める。またWikipedia:投稿ブロック依頼/トコロテン(自主規制)では、明らかな捨て垢のネタ発言にあっさり騙されてしまうというピュアな一面も見られた。

    2016年には、当時の大物自警・JapaneseAの執筆した光食品ノート / 履歴の記事において、LTA:SHINJUのソックパペットと思われる利用者・だぶるすてっち利用者ページ / 会話 / 投稿記録が改稿を行い、その際に改稿前の品質を「ゴミ」呼ばわりした事による対立激化(ザパニ・ダブステ戦争)に介入。Wikipedia:コメント依頼/だぶるすてっちとJapaneseA 20161114では当初はダブステ寄りの発言を行っていたが、その後「一旦はダブステその他のチェックユーザーをやってみよう」という方向にシフトする。

    この一件と並行しての2016年12月、FA・GAも複数本執筆していた当時の大物執筆者・ikedat76が、井戸端のトピックにて不適切発言を行った事でWikipedia:コメント依頼/ikedat76 20161211が提出されると、これに乗じてikedat76への批判に加わり、さらにコメント依頼提出からわずか4日で投稿ブロック依頼を提出。活動歴1年半の新参者が、古参の10年戦士に対して喧嘩を売るという構図となったが、本スレでは勇み足ではとの声も相次ぐ。また依頼ページでは管理者のTriglavJungleCrowDamenaらに対してレスバ(投稿ブロック依頼でのレスバは基本的には推奨されない)を仕掛けるなどしたため、他の参加者から咎められるという血の気を伺わせる一幕もあった。この依頼は賛成42票:反対14票、歴代最多となる合計56票もの意見が集まるという前代未聞の大論争となったが、最終的には無期限ブロックで結審する事となった。

    詳細は「ikedat76の無期限ブロック」を参照

    その後、ikedat76のブロック破りが疑われるIP(ブロック破りを疑う理由として手を出している記事を挙げている)の会話ページに残したメッセージではikedat76をブロックするためにjawpに参加したかのような発言を残しているほか、ikedat76のブロック後には、いままでサッカー専門で関心も知識もなかったであろう熊野地方の温泉の記事の歴史に観光協会や民宿のホームページを参考文献にして加筆したり、「某FA執筆者様のように副アカウントでブロックを破るような真似」と露骨な皮肉をかませたりしてikedat76への挑発を繰り返すなど強気の行動にでている。

    この一件で知名度を獲得した事に勢いづいてか、先のザパニ・ダブステ戦争において2016年末にはWikipedia:チェックユーザー依頼/だぶるすてっち他を提出する。こちらは勇み足となり一度却下されるも、再度合意を取り付けて年明けに改めて依頼を提出した結果、当初は白かと思われていただぶるすてっちが「LTA:SHINJUと強く疑われるアカウントと同一である可能性が高い」としてまさかの無期限ブロック。その後Wikipedia:コメント依頼/テレポちゃんと甘薄荷Wikipedia:投稿ブロック依頼/テレポちゃん・甘薄荷というJapaneseAとの息の合った連携プレーで、残りのLTA:SHINJUも仕留める事に成功している。

    2018年の元旦にはかねてより暴れていた暴言可変IPユーザーに対しWikipedia:コメント依頼/宮崎ソフトバンク可変IPを提出、一時活動を停止に追い込む事に成功している。

    三度の管理者落選[編集 | ソースを編集]

    アカウント作成から丁度3年間が経過した2018年5月5日には満を持して管理者への立候補を表明するが、本人曰く「管理者不足への危機感はあまり強くはない」という事であった。立候補を表明してから数日間は本スレでは賛成派と反対派で血みどろの罵り合いが勃発などの盛り上がりを見せ、また質疑応答においてはやや砕けた口調が目立ったり、Chiba ryoからは「あまりお見かけしないアカウント名」「記事をあまり書いていない(新規作成記事が少ない)との指摘を受けるなどやや不安な滑り出しを見せる[5]。一方スレッドではリダイレクトページであったマヤ暦単独記事化など、新規作成以外での加筆内容への評価漏れを指摘する書き込みも見られた[6]。しかしその一方で投票期間の真っ最中に、突如としてBotの運用への意思を見せる[7]という奇行は本スレの驚きを誘った。こうして激動の中行われた投票だったが、信任率こそ70.3%というそこそこ高いラインでこそありながら、賛成票がわずか19票に留まり落選してしまった。

    落選後は正式にBotの運用を開始すべくBotの登録申請を行うも、W.CCの事前質問によって申請手順をよく理解していなかったことを露呈してしまい、各方面から嘲笑を浴びる羽目となった。その後改めて再び登録の申請を行うも、その直後のAki42006の申請と併せてBCの裁定が一行に下らず、いわゆる対処待ちの状態が続いている。その一方で落選後はそのショックからか管理系への出入りが激減し、二度目のBot登録申請後はひたすら英語版からのノージャンル翻訳に勤しむようになる。

    2019年3月には再び管理者に立候補するが、またしても立候補期間中のBot周りのトラブルで落選してしまう。直後には自身の立候補に反対した狂々亭駄楽の管理者立候補において、いの一番に反対票を投じるという報復紛いの行為に出る。

    さらに落選に前後して千代田区KDDI可変IPによる可変IPの性質を利用した粘着、「人格障害」といった悪質極まりない個人攻撃を受けることになり、あまりの執拗さにガチギレしてレスバに発展、「荒らしはスルー」の対応を求められるなど追い詰められていく。その後のWikipedia:投稿ブロック依頼/千代田区KDDI可変IPの提出でも激しいレスバを繰り返すが、かえって物好きな自警たちの協力をもたらし、急転直下の1か月のブロックで結審。さらにブロック明け直後に案の定御礼参りを食らうも、直後にぱたごんの裁量による半年ブロックおよび追認依頼が提出され、激しい抗争の末についに長期ブロックに討ち取る事に成功した。

    しかしこの論争における激しいレスバトルによる疲弊からか、千代田区KDDIへの一ヶ月ブロックの実施の直後からは投稿頻度が徐々に下がっていき、Twitterにおいてもjawpの話題から徐々に遠ざかっていく。しかし同年夏頃からは投稿頻度が再浮上し、9月にはまさかのインターバルで3度目となる管理者立候補を表明。投票では管理者のぱたごんやmiyaらが賛成票を投じるなどしたものの、第一回の立候補では賛成票を投じていた重鎮Yassieが反対に回るなどもあり、信任率約69%の結果で3度目の落選が確定した。その後はこの結果を受けて今後の管理者への立候補を断念する旨を表明して以降は再びフェードアウト気味となり、一旦はやる気を見せたかのように思えたBotアカウントMirasBot利用者ページ / 会話 / 投稿記録の運用も停止してしまった。

    Wikipedia:多重アカウントの改訂[編集 | ソースを編集]

    とはいえその後も依然として管理行為自体は継続しており、2020年7月にはWikipedia:井戸端/subj/意図的に非ログインユーザーとして活動することでの議論に参加。この議論は当初は「既存文書における、アカウント作成の推奨度合いの引き上げ」という方向性で進んでいたが、可変IP嫌いのMiraburuはここで他参加者からも注意を受けるレベルの熱弁を振るい、可変IPの有害性を主張し始める。最終的にはこの議論から独立して、Wikipedia:多重アカウントの改訂を提案・実施した。

    この改訂の趣旨は大きく分けて2つあり、1つは「複数のアカウント」から「複数のアカウントやIPアドレス」という表現へと、生IPの不正使用も規制の対象となる事が明文化された事、もう1つはWP:DIPなる新ルールの追加である。このルールは簡単に言えば「可変IPによる履歴分断はアウト」という内容であり、その後このルールは複数の場面で登場し、以降はそれまで対応に苦慮するケースが多々みられた可変IPへの対応がある程度スムーズになるなど、この点はMiraburuの功績と言えるだろう。

    独断専行と迷走[編集 | ソースを編集]

    2020年7月のWikipedia‐ノート:投稿ブロック依頼/129femtoseconds 追認の議論では、追認依頼を提出したInfinite0694の行いを「詐欺の手口と同じ」呼ばわりした事が問題となった。

    また以前より進めてきたサブカル創作系の設定情報の削減も推し進めており、ノート:NARUTO -ナルト-の術#統合提案においては自ら調査投票の実施を提案しておきながら、反対票が過半数を占めると反対派のうち数名をまとめてブロックに持ち込む事で「票数は逆転、反対派からの反論はなし」として記事の統合・削減を強行するという、WP:POINT紛いの手段を摂っている。またこの議論では同じくサブカル自警の一人であったCross-jが手厚く助けに入った事が大きかったが、この2年後に提出されたCross-jの投稿ブロック依頼では、平然と無期限ブロックへの賛成票を投じている[8]

    そして2020年末頃からは何を思ったのか単にハマったのか、中国史関連の分野の記事の編集に着手。しかし他のユーザーの投稿はばっさり削り、自らは無出典の情報を記載という二重規範のお手本のような投稿を繰り返し、5ch中国英雄板でのWikipediaスレでは連日怒号の嵐が飛び交うなど、一躍悪評の的となってしまう。そんな足元の不安定な状況の中で、自らは7月には Wikipedia:投稿ブロック依頼/Hyolee2、9月にはWikipedia:コメント依頼/Bletillaを提出されていた管理者のBletillaに対し解任動議を提出するなど、どこ吹く風といった態度を見せる。

    「出典を明記する」の改訂[編集 | ソースを編集]

    2021年9月にはWikipedia‐ノート:出典を明記する/「出典の示し方」節の改訂提案(2021年)にて、Wikipedia:出典を明記する(WP:CITE)のガイドラインにおける、専門用語の置き換えという細かな修正を提案。柒月例祭の参加によりが進展し、文案内における出典の掲載方法についての区分けそのものについて、見直しが検討される事となる。

    当時、Wikipediaの出典の掲載スタイルに関しては、一文あるいは複数分ごとに出典を提示する「Inline Citation(通称inline)」方式と、本文内では出典は提示せず、記事の最後にまとめて出典を提示する「General Reference(通称genref)」方式の2つが存在していた。そしてinline方式の中に、括弧書きで直書きする方法とrefタグを使う方法、さらにそれぞれのうち、出典についての情報の一部だけを掲載し、全文は記事の最後に載せる方法…といったように、複数のフォーマットが乱立していた。これらの各フォーマットをそれぞれ分かりやすく説明するという目的の元、改定の議論が進められ、翌年の2022年1月には正式に反映された。

    この改訂提案にはYapprina、小石川人晃、Iso10970、Loasaなどの多数の有力執筆者も参加し、そこそこ評判も良い内容であったといえる。しかしながらこのガイドライン改訂、実は各フォーマットのまとめだけには留まらない、大きな変更が加えられた。それはあのGeneral Reference方式が、「検証可能性を満たしているとは見なされません」とはっきりと明記された事である。以前よりGeneral Reference方式の記事に関しては、後から加筆された記述が無出典なのか、それとも先に存在した記述のものと同じ出典を使っているという体なのかの判別が難しく、無出典の加筆を「頁末の出典を読んで書いてるのかも…」との理由で除去する事ができないという、検証作業の負担の大きさに関してたびたび問題点が指摘された。この改訂の結果、記事においては「一文ごとに出典を貼る」という作業が、半ば必須となったといえる。

    しかしながらその一方で、General Reference方式も曲りなりにもこれまで認められてきた方式の一つ。その一つを突然「認められない」とすれば、それまでにGeneral Reference方式で執筆されてきた記事群の、Inline方式となっていない状態の記述はどうなるか。「検証可能性原理主義」の名のもとに、自分では書かずに他人の記述を除去するのは大好きな自警たちによるガイドラインの悪用の、格好の餌食となるのは明らかであろう。

    さらにもう一つの重大な事実として、Miraburuはこの非Inline記述の除去というものを、実際に実践している。それも、改訂の発議よりも前の時期からである。

    当時中国史の分野においては、アルカセットという名の利用者による、五胡十六国時代に関連する記事群への大規模な加筆が続いていた。その内容は「歴史書の内容をほぼそのまま翻訳する」といった趣旨のもので、百科事典の記事としては適当かどうかはともかく、一般の歴史ファンからの評判はそこそこあったようである。しかしながら後に中国史記事の編集に参加したMiraburuは、この記述群に対して何を思ったか、「(Inline化した)出典がない」という理由での編集除去、さらに「過去の版に掲載されていた(Inline式の)出典付きの記述を一方的に除去して、無出典の記述を捻じ込んだ」という理由での差し戻しなどを強行していた。上述のガイドラインの改訂の議論が行われたのは、ちょうどこの頃の時期であった。

    こうしたタイミングの良さに関して、上述の中国英雄板のヲチスレでは

    ここで名前上がってるMiraburuに関して言うと、Miraburuの内容削りは形式的には「無出典記述の除去」を名目にしてる
    それと最近だとWikipedia:出典を明記するのガイドラインの変更を提案して、ざっくり言うと「一文ごとに出典付けてない文章もアウト」っていうあり得ない方向に改悪してる
    Miraburuが目の敵にしてるアルカセット氏やNagaichi氏あたりの編集した記事を狙い撃ちにして、今まで以上に好き勝手やりまくる準備のための建前作りとしか思えない

    と、最初から自身の編集の正当性を後付けで強化するのが目的で、この改訂の提案を行った可能性が指摘されている。

    彼/彼女の考えに関しては本人のみぞ知るところである以上、これを真実と捉えるかどうかは読者の各位にお任せしたい。しかしながらこれが真実であれば、Miraburuは「自身の自警活動の正当性を強化するために、ガイドラインの改訂議論にかこつけてgenref方式を排除する条文を捻じ込み、自警による悪用を前提とした改悪を実施した」という事になるだろう。

    なお、このgenref方式の取り扱いに関しては、7年前となる2014年にも議論(Wikipedia‐ノート:出典を明記する/文章の小改訂提案)が行われている。この議論はInline Citation方式とGeneral Reference方式の扱いに関して「Inline方式をやや格上にしよう」といった趣旨のものだったが、執筆者のみっちやikedat76らが「将来的なgenrefへの一本化に繋がりかねない」「自警による悪用のリスクが不安」といった指摘を述べ、提案への修正が行われた上で合意が成立し、あとは反映されるだけ…のはずのところで突如議論が停止、お流れとなってしまっている。この2014年案の懸念点の部分を事実上の骨抜きにしたのが、この2022年改訂であったともいえるだろう。

    二正面作戦[編集 | ソースを編集]

    その後も中国史関連の分野で他の利用者の加筆した内容を削って回る傍ら、2022年7月頃には「Template:過去ログヘッダ」なるテンプレートを作成すると共に、プロジェクト関連文書やウィキプロジェクトページのノート等の過去ログを独断で改変して回り、案の定会話ページでクレームを食らったようだ。もしかするとログ流しかもしれない。

    2022年9月、ベテラン自警のわたらせみずほが対立相手のユーザーを投稿ブロック依頼に掛ける(Wikipedia:投稿ブロック依頼/小悪魔リルル 延長)と、これに乗って無期限ブロックに賛成。しかしながらその後、他の利用者から「依頼者にも問題がある」「被依頼者だけを問題視するのはおかしい」という批判が複数寄せられ、結果無期限ブロックとはなったものの、依頼者のわたらせみずほにも新たに投稿ブロック依頼が提出される事に。ここでもいの一番に反対票を投じたが、その直後に他の複数の利用者から、今回の一件以前の問題行動が提示され明るみとなる。

    次々と無期限ブロック票が投じられる中、プライド故かパフォーマンス目的故か、なんと「一度票を投じました以上は、改めてそれを撤回する、という事もいたしません」という謎理論で反対票を固守、どう見ても負け確定の陣営に全ベットという、端から見れば愚行にしか見えないウルトラCに走る。このムーブには本スレでも批判が殺到し、「自警同士の醜い庇い合い」「身内の古参だけで回るコミュニティの末期症状」と、他の反対票を投じた面々を含めて大きく評価を落とした。

    この件とほぼ同時に、数学界の「ABC予想」という一大テーマに関する記事において、他の利用者への暴言を繰り返していたDiagonalに対し、Wikipedia:投稿ブロック依頼/Diagonalを提出、当のDiagonalは謝罪したものの「今さら遅い(大意)」「成り行きを見守る」と冷たい態度で拒絶。Diagonalによる主張の口調はともかく、趣旨自体はある程度的を得た内容であった事から、5チャンネルの数学板のスレッドでも「古参自警連中の横暴」と、時を同じくして「古参」「自警」への一般ユーザーらの不満が爆発する形となった。

    結果はわたらせみずほ、Diagonalのいずれも無期限ブロック。かつて「古参」であったikedat76に喧嘩を売って認知度を得たMiraburuも、時を経て自ら「古参(悪い言葉を使えば「老害」)」と呼ばれる側に回ってしまっていた、という事であろう。

    「一区切り」[編集 | ソースを編集]

    2022年11月、毎年恒例のウィキペディア・アジア月間に合わせて、ベトナムの皇帝であった李英宗という記事を投稿する。しかし本スレにて、本人と思しきスレ民がこの記事について意見を要求したところ、「一次史料ばかり」「7年もやっててこの程度か」という散々な評価に。これに対して当該スレ民は「マニア基準」と揶揄したり、「アジア史の記事がゴミすぎて感覚麻痺ってました(大意)」と開き直ったりと逆ギレを連発し、そのひと月後の12月1日、Miraburu本人は利用者ページにて「これ以上お役に立てる見込みもない状態で参加を継続するわけにも参りませんので、ここで一区切りとさせて頂きます」と表明した。この表明に、本スレは「いよいよ引退か!?」とにわかに色めき立った。

    しかしながら、その後も特段変わった様子もないまま普通に編集を継続し、同年末には「今後は、既存記事の加筆を中心に参加させて頂きます」と称して、全く何もなかったかのごとく復活した。しかもこの間、アジア史の分野で対立していた香港の可変IPユーザーに対し、可変IPであり対応が困難である事が明白でありながら、会話ページにアリバイ作りが如き形式的な「警告」を何度か行った後、満を持して対話拒否を理由に投稿ブロック依頼を提出し無期限ブロックに追い込む(Wikipedia:投稿ブロック依頼/1.36.88.0/21)など、本当に文字通り全く何も変わっていない様子だった。

    下火化[編集 | ソースを編集]

    その後も「Wikipedia:問題を報告する」という新たな運営ページの作成の計画に燃えるなど派手に動いていたが、2023年4月、突如として利用者ページを白紙化した上で「ごめんなさい」との一言だけを残し、以降の活動は多少の草取り程度とほぼ下火状態となった。しかし、2023年8月には完全復活し、知らず知らずのうちにか引退テンプレートを貼り付けたまま活動を行ってしまうナチュラル引退詐欺などを行っていることがあった。

    暴走、無期限ブロック[編集 | ソースを編集]

    2023年8月、突如として暴走を開始する。過去ログをいじり始め、LTAサブページをパクり、突如キリスト信仰を発表し、GAで大暴れした挙げ句、おいしい豚肉の手によってコメント依頼を提出される。その後、精神状態の悪化の影響で自身に対するブロック依頼を提出という奇行に及ぶ(が、すぐに閉じられる)。さらに、強制ウィキブレイクスクリプトなるものを使用し、西暦10000年までウィキブレイクに入るかと思いきや、次の日には活動していた(本人によると、うまく動かなかったらしい)。さらにブロック依頼を提出され、Dragoniezによって無期限ブロックとなった。 その後、ブロック翌月には解除依頼を提出した…が、ブロックされた翌日に靴下を作っていた事がさかおりのCUによって判明。そのことをDragoniezに問いただされると、「アウトでしたでしょうか?」ととぼけてみせた。アカウント作成禁止なのだからそれは自明である。その後も無茶苦茶な答弁を重ね、解除依頼は却下、裁量でSumaruに会話ページを塞がれた後、追認依頼によりサブアカウントも含め会話ページとウィキメールの全てを塞がれ、事実上の追放となった。こうして一連の暴走は収束した…はずなのだが、ブロック破りを示唆しており、(2023年のWikipedia#10月を参照)スレでは「LTA:BKBR」ともつぶやかれた。

    脚注[編集 | ソースを編集]

    1. 利用者名変更記録 - 利用者:ミランブラジル。2018年3月3日に改名。
    2. Twitterでの居住地登録による。
    3. 3.0 3.1 【百科事典】ウィキペディア第1741刷【Wikipedia】>>718
    4. それまではサッカー選手一覧へのリダイレクトとなっていた。
    5. 「Wikipedia:管理者への立候補/Miraburu/20180505」の版間の差分diff=68485889
    6. 【百科事典】ウィキペディア第2017刷【Wikipedia】>>802
    7. 特別:差分/68568266
    8. なおこれが最後の一票となり、この審議は無期限ブロックという形で決着する事となった。